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写真家・安彦 幸枝さん 旅のエッセイ 《後編》

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4月7日発売「大人のおしゃれ手帖」5月号で、BEARDSLEYのタイアップページに登場いただいた、写真家 安彦 幸枝さん。後編となる今回のエッセイでは、旅をする中で目にした人々と、その食にまつわるエピソードをお届け。安彦さんの視点で綴る南イタリアの旅の記憶をお楽しみください。

肉の町マルティナフランカ。
おいしいと評判のサラミ屋で、お土産を買うために会計の列に並んでいた。
店の隅には小さなカウンターがあって、その場で食べていくこともできる。
会計をすませた若い女の子が、五人前はありそうな肉の盛り合わせと赤ワインのグラスをもって、カウンターへ移動した。
すごい量。きっと家族か友達と待ち合わせでもしているんだろう、となんとなく見ていたら、
すいすいと食べ進め、とうとうすべての肉をたいらげてしまった。
二十歳くらいだろうか。血色がよく、まるい頬がつやつやとかわいらしい。
お土産用に買ったらしい肉の袋を抱えて、軽やかに店から立ち去っていった。

オストゥーニの朝市で全身紫色の女性を見た。
ワンピースも、ストールも、バッグも、靴も。髪の毛まで紫色だった。
とても似合っていたし、まるまるとした二の腕もむき出しで、その大らかさも清々しかった。
ヒールのブーツにマイクロミニ姿の中年女性もたびたび見かけた。
眉はくっきりと太く、上下に黒いアイラインを引いた化粧に、古いイタリア映画を思い出す。
襟が大きく広いた服を着て、恋人とぴったり寄り添って歩いている。
そんな濃厚な女性たちに、頭のてっぺんから足元まで、ジロリと眺められることがたびたびあった。
東洋人が珍しいのか、または東洋人がなぜこんなところまで、おそらくその両方だろう。
ためしにニッコリしてみても、ジロリ顔がくずれることはない。そんな視線にもそのうち慣れて、
通りすがりの旅のものです、という表情で返していた。
実際に通りすがりなのだ。明日には別の町へ移動して、また別の誰かにとジロリとされる。
かりそめの旅の身の上だから、そんなこともたのしい。

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チステルニーノの食堂でのこと。
隣の席の中年カップルは手を握り合いおしゃべりしながら、頻繁にキスを交わしている。
長い縮れ髪の女性はやっぱり上下アイライン。ぴったりとしたワンピースが色っぽい。
二人は赤ワインを飲みながら、まずは大盛りの前菜の盛り合わせをたいらげた。
やがてパスタがそれぞれに盛られると、順調に消えてゆく。
さらにビステッカ(ステーキ)がでてくると、途切れることなくおしゃべりしながらそれもにたいらげた。
肉食で大食なのだ。スマートフォンでお互いを撮りあっていたので、二人並んだところを撮りましょうか、と話しかけると、
それまではジロリ顔だった女性は、とたんに相好をくずして微笑んだ。愛らしい顔だった。

プーリア州は前菜の品数が多いことで有名だ。
アプリストマコと言われる前菜は「胃袋をあける」という意味で、
何種類もの料理を食べ終えて、お腹はようやくプリモ(パスタ)とセコンド(肉)を迎えることができる。
手振りや表情を豊かに、大きなジェスチャーで体全体でお喋りしながら、
笑って、飲んで、時間をかけてたっぷりと食べる。
みんな、実に楽しそうに食べていた。
ならば私たちも、と郷に入れば郷に従ったせいで、気持ち良く太って帰国した。

Photograph & Essay:Sachie Abiko

安彦 幸枝 SACHIE ABIKO(写真家)

「大人のおしゃれ手帖」をはじめとした雑誌、書籍、広告など多岐にわたって活躍。
著書に実家に暮らす猫と、そこにやってくる猫たちの姿を記録した、『庭猫』(パイインタ-ナショナル)。
旅のスタイルは、リュックサック。フィルムカメラをきままに向ける。
http://www.abicosta.com

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